今後の展望
(1)環境プランニング学会の一般社団法人化
WIN内で育成してきた同学会は学会員1000人規模に成長しました。
2009年9月には、WINから独立させて、環境プランナーベーシックプログラムなどの裾野を広げて、人材育成と研究を活発化することにしました。(図9)
(2)人間情報学会の設立
人間の発信する情報は複雑、非線形であり、そのような個々人の本質を精密な計測技術によって個人個人の本質を理解し、さらにこれを社会全体の本質の理解にまで発展させることを目標として、人間情報学会を設立しました(p.9を参照)。
本学会では人間が発信するバイタル情報を小型軽量ウェアラブル機器でセンシングし、蓄積されたデータを解析し、個人の健康状態や快適度を可視化して、人間にフィードバックする研究を行い、人間の内包する情報を多面的に解明することを主な目標とします。従来から快適・健康などに役立つとされているものの中には、確固たるエビデンスが取れず、一般社会に普及されなかったり、医療行為に使用されなかったりするものが多く存在します。本学会では生体センサや小型ウェアラブル機器を駆使して、人間の発信する情報をデータとして蓄積し、その結果をお互いに発表することによって、人間情報の研究に役立てたいと考えます。
また、世界に先駆けてバイタル情報システムの標準化を進めていきます。世界中で得られたバイタル情報からデータベースを構築し、類型化することによって、人間の健康状態の統計・傾向を明確化していきたいと考えています。
人間情報学会では、バイタル情報に関することはすべて研究対象にします。専門は問いません。医学、理学、保健、工学、情報等の分野の大学研究者はもちろんのこと、医療従事者、電気メーカ、情報関連企業、健康産業や活動に従事する者も含まれるでしょう。これまでの医学、医療といった学問体系を超えて、「健康」を切り口に関係することはすべて取り扱います。
人間情報学会は、以上のような研究と並行して人材育成の支援も行っていきます。バイタル情報を元に人間の健康状態をアドバイスできる専門家を育て、社会に貢献します。
当面はNPO法人WINの中で学会を育成します。将来的には一般社団法人のような形で独立させていきます。
(3)ヒューマンレコーダー株式会社による社会起業
2008年8月「WIN ヒューマン・レコーダー株式会社」を設立しました。当面は量産品の開発準備、表示ソフト各種開発、マーケット調査の実行に重きを置きます。
この試みは、NPOが新規事業を創出する、すなわち社会起業に挑戦するという、かつてない試みです。
新会社設立に際し、以下のような6つの目標を設定しました。
- 社会が真に必要とする市民サービスの提供
- 社会起業による個別適合サービスの実現
- センサネットワーク時代の先端センシング技術の活用
- 人間情報センシングによるヘルスケア分野のイノベーション
- 人間情報センシングによる医療分野のイノベーション
- 人間行動計測による社会・経済のイノベーション
これに基づき、以下の商品を順次販売していきます。
- 在宅支援診療用「遠隔聴視診器」
- メンタルヘルスケア用自律神経モニタシステム
- 人間行動計測システム(乳幼児・老人)
- DNA簡易検査システム
- ニューロマーケティング(神経経済学)手法
現在、生体情報への関心は、社会全体でも広がりをみせています。
たとえば、文部科学省「安心安全科学技術委員会」の2007年度のプレス発表資料には、安心を確保するための研究課題として、「行動学的心理学的知見も活用しつつ、人間行動や人間を取り巻く社会現象を把握すること」とあり、安全・安心を支える基盤技術の一つとして、社会現象計測研究、すなわち「社会現象や人間の行動・心理を計測するための科学的手法と計測手段の研究」を掲げています。
時を同じくして2007年7月には、総務省NICT 未来研究センター主催シンポジウム「未来の人間情報センシングーICT社会の安心・安全のために」が開催され、私も招かれて基調講演をおこないました。
こうした動きは、日本だけにとどまりません。アメリカを中心に「行動経済学」や「神経経済学」が盛り上がりを見せていますが、これは、人間は合理的な判断のもとで行動するとしてきた古典的経済学に対して、経済理論では説明がつかないようなさまざまな現象について、人間の行動を心理学的側面から、または、人間の意思決定プロセスにかかわる脳の働きから明らかにしようというものです。
D・カーネマン教授(米プリンストン大学)がノーベル経済学賞を受賞後に発表した論文が契機となって、C・キャメラー教授(米カリフォルニア工科大学)、G・ローウェンシュタイン教授(米カーネギーメロン大学)らによって進展されてきた新興の学問分野です。
行動経済学や神経経済学、さらに脳科学の進展に伴い、たとえば、消費者の購買行動や嗜好について、f MRI(機能的磁気共鳴画像装置)などの計測装置を使った神経科学的手法により脳内の反応を観察し、新製品の開発に役立てる動きが加速しつつあります。
また、すでに欧米では、PHR(Personal Health Record)システムといって、個々人が健康増進や適切な健康サービスを受けるために、自ら健康情報を生涯にわたり保存、管理していくしくみづくりに取り組んでいます。
現在、日本でも、経済産業省が「日本版PHRを活用した新たな健康サービス研究会」報告書で提言していますが、今後ますます、個人の生体情報の取得と管理が重要な問題となってくるでしょう。
まさに、人間情報センシングをおこなう小さなヒューマン・レコーダーが、新たな健康サービスの創出に不可欠な時代を迎えました。ヒューマン・レコーダーによっていよいよ実現されるネイチャーインタフェイスの世界に、よりいっそうご期待いただければと思います。
(4)社会イノベーションの実現
遠隔医療モニタリング、建築物モニタリング、健康情報システム(PHR)、安全安心システムなど、社会が望む第4次産業分野で技術によるブレークスルーを求められています。今後は、このような世界をさらに目標としてゆきます。